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傾国の姫

ちひろ(@chihiro2345)

『傾国の姫』

 

「お待たせ、迎えに来たよ」

 

彼は全体チャットでそう言った。

ここ幽州は、多くのサーバーで洛陽戦線から最も遠いとされる州であり、そこにわざわざ侵攻する旨みはそう大きくない。

にも関わらず、この男はたった一人の女の子を迎え入れるために隣の冀州から多くの仲間と共にやってきたのである。

 

その、まるで王子様然とした発言を見ながら、確かにこの為に自分が色々と尽力したのは間違いないにしても、言葉にしてはいけない感想とともに、乾いた笑いを抑えることが出来なかった。

 

ーーーーーホントに来た。

 

「ホントに来た」

いや、つい全体チャットで口を滑らせてしまった。

仕方の無いことだと思う。

ひょっとしたら、幽州に攻め入る口実にされたのかもしれないが、にしても幽州は洛陽へ進もうという気配を見せていなかったし、そんな状況で幽州に寄り道するより先にやることがあるだろうに。

 

とは言え、この状況を作ってしまったのは紛れもなく自分なのだ。

もともと、自分が運営する小さな同盟の姫が、自分に寄越した一通の手紙で全て始まったのだった。

 

「ねー、たいちょー、王子が迎えに来てくれるんだってー」

 

何の脈絡も無く手紙でそんなメルヘンなことを言われて、思わず彼女の正気を疑った自分を誰が責められようか。

 

「正気か?」

 

やはり言ってしまうのであった。

 

「たいちょー、王子がね、仲良しなのー。隣に居るんだけどね、盟主なんだよー。大きいのにすごいよね!」

 

...何言ってんの?

君はアレだ、もっとちゃんと人に何かを伝えようとする努力をしなさい。

あと、たいちょーって言うな、今は盟主だぞ。

 

何度もやり取りをし、多分に意訳を含むと、彼女の話はこうであった。

以前プレイしていたサーバーでの仲良しさんであるところの王子(仮名)なる人物がいる。

今サーバーでもたまたま出会って仲良くお話している間に、自分の同盟に入らないかと王子から提案があった。

そこで彼女は二つ返事で承諾したという。

 

大問題である。

 

大三国志では、好きな同盟を選んで所属することが出来る。

仲のいい人で小さい同盟を作り和気あいあいと楽しむのもいいし、大きな同盟に入って覇権を狙うことも可能だ。

自分の同盟は前者、王子の同盟はどうやら後者のようであった。

ところが、好きな同盟に所属出来るとは書いたが、それが州を跨ぐと話は変わってくる。

 

今回のケースを例に挙げると、まず冀州の同盟は関所を攻略して幽州内に侵攻する必要がある。

次に、幽州のどこかの城をひとつ攻略してはじめて、幽州の人間が冀州の同盟に加入申請を送ることが出来るようになる、といった流れだ。

 

ただ、幽州の人間もそれを黙って見ているわけでは無い。

冀州の同盟に入りたい人ばかりではないし、なにより自州に踏み込まれるということは、それだけ自分たちの安全が脅かされることにも繋がるのである。

合流のために城を一つだけ譲り受けて、その後はプレイヤーにも他の城にも手を出さないことの約束を交わすのがお決まりなのだが、そんなもの「やっぱやーんぴ」の一言で簡単に覆ってしまう、砂上の楼閣のようなものだ。

 

そんなリスクの高い話に、ましてや幽州の他の同盟からして見れば全く関係のない一個人の合流のために、おいそれとうなずけるものでは無いのも当然であろう。

侵攻してくる同盟と幽州の間に強い信頼関係が築かれていれば話は違ったかも知れないが、そんなもの微塵もありはしない上に、王子なる人物は同盟を大きくするためにかなり強引な手を使うと悪評すらあった。

このままでは、幽州の全同盟が結束して関所を挟んで大同盟と大乱闘である。

 

そんな事態が引き起こされると知ってか知らずか、姫はご満悦であった。

 

「えへへー、嬉しいなー、早く来ないかな」

 

いや、早く来られちゃ困んだよ。

 

仕方ない、盟主とは同盟員のために尽くすもの。

自分に出来ることは、可能な限り周りに迷惑を掛けないように彼女の移籍を完了させることである。

関所や城の攻略が必要なため、完全に迷惑をかけずに、という訳にはいかないが、そこは誠心誠意お願いするしかないだろう。

誰がどう考えても困難なミッションに、一人で立ち向かう決意を固めたのだった。

 

「ねー、たいちょー、私もなにか手伝おーか?」

 

もうお願いだからじっとしててくれ。

あと、もっと事前に相談とかしろ。

 

現時点で幽州には大規模同盟がひとつと、中規模同盟がふたつあった。

自分のような小規模同盟の盟主がこんな話を持っていっても一蹴されるだろうと思いきや、なんとどこも話は聞いてくれるという。

流石に盟主をするような人物は人間が出来ていると感銘を受けた。

ぜひ見習いたいものである。

 

まずは中規模同盟の盟主ふたりと会談をする機会が得られたため、外部アプリを使って話を聞いてもらうことになった。

自分の同盟の規模から、冀州へ渡って主城移転してからの合流が難しいこと。

王子と姫は以前から本当に仲良しで、なんとかこのサーバーでも一緒に遊ばせてあげたいこと。

合流の難易度の高さを知り、姫の元気が見ていられないくらい無くなってしまったことなどを、切々と説いた。

また、姫の不興を買いたくない王子が、幽州で必要以上の活動をしないであろうことも、忘れずに説明しておく。

ちなみに、元気無く云々は全くの嘘であり、こちらの苦労も知らず、前日も渋谷のバーで飲み明かしたとか言ってた。

一週間くらい二日酔いに苦しめばいいのに。

 

「一度持ち帰らせて下さい」

「こちらも。同盟員に説明が必要ですので」

きっと難航するであろうと予想された会談の締めくくりは、お二人からのそんな言葉であった。

まさかの好感触である。

現段階で幽州を蹂躙することのメリットの少なさや、当方の姫を慮った両名の優しさが理由のようであった。

もしも今回の話が成らなかったとしても、こんな優しい人達と縁を結ぶことが出来た、それだけで価値があったと思える結果に、思わず深い安堵の溜息を零した。

 

あとは、未だスケジュールの調整が付かない大同盟の盟主との会談、うちのバカ娘...姫がこれ以上余計なことをしないか見張ることが、次の課題である。

孤独な戦いはまだ始まったばかり。

いっそう気を引き締めてレベリングに勤しむのであった。

 

大同盟の盟主との会談が叶わぬまま、中規模同盟からの返事を先に頂くことになる。

なんと承諾してくれるということだ。

望外の喜びに、思わず「マジか!」と声が盛れる。

部屋に一人でよかった。

これも、姫が普段から全体や州のチャットに顔を出して、あざと...可愛い発言でみんなに好かれていたおかげであろう。

 

おふたりには何度も感謝を伝え、これは大同盟に対する説得の後押しになるわいなウヒヒ、と黒いことを考える。

おっと、大同盟との会談までぼんやりしている暇はない。

姫に仲介を頼み、王子を紹介してもらい、手紙で現状の説明をしておく。

内側から懐柔しているような今の状況は、これがアホの子の移籍がメインだからいいものの、侵略戦争を企てていたとしたらまるでスパイの様相ではないか。

しかし、盟主として同盟員の幸せは何よりも優先される。

汚れ役など、いくらだって引き受けようではないか。

 

「たいちょー、今日はちょっと気持ち悪い。二日酔いとかあんまりならないのになー」

 

呪いが効いたようで何よりである。

 

ようやく大同盟の盟主と会談の機会を持つことが出来た。

今回も、過去ログの保存がきく外部アプリを使用する。

前回の会談同様、出来るだけ同情心を煽るようにこちらの事情を訴えかけるが、そこは流石に大同盟の盟主、簡単に公私混同はしない。

あくまで向こうは自分の同盟、そして同盟員が最優先であり、いかに姫が人気者だとしてもそのために別同盟のリスクを負う可能性がある提案に、頑として頷かない。

そこには、多くの仲間を抱える立場に立つ者としての、強い責任感と自負があった。

 

ここまでが出来過ぎだったのだ。

話をまともに聞いてくれたことへの感謝を伝え、失意の結果を王子に手紙で伝えることにした。

 

「分かった、ご苦労さま。じゃあ、関所に要塞建て始めるね」

 

返ってきた返事を見て、「どういうこと?」と独りごちる。

おかしい、これは諦める流れではないのか。

何度か送った手紙を読み直すが、ハッキリと「無理だった」と書いてある。

日本語が不自由な方?

 

慌てて王子を問い詰めるが、つまりはこういう事らしい。

 

「内部から穏便にやろうとしたが無理だった、なら多少強引にでも目的は遂げる」

 

なるほど、これは小さなところから見れば、大同盟ゆえの傲慢さ、と捉えられてもおかしくない。

しかし、やると決めたことはやるのだ、という強い意志は、やはり多くの仲間を惹き付けるだけの魅力のひとつになっているのであろう。

現に、関所の前には続々と要塞が建ち並びつつあった。

 

頼もしくは思うが、幽州の皆さんのことを考えると手放しで応援も出来ない。

こうなっては中規模同盟の不戦約定を取り付ける必要がある。

中規模同盟の盟主おふたりと再度連絡を取り、冀州による幽州侵攻に納得していたこともあって、なんとか渋りながらも不戦を約束してくれた。

王子に頼んで、一切手を出さない約束付きである。

 

こうして、冀州を統べる大同盟と、幽州最大同盟による、戦争が勃発してしまうのであった。

 

「たいちょー、たいへんだ!王子が攻めてくるって!戦争だってー!」

 

え、この前、説明したよね?

鳥なの?

 

ふたつの同盟が、お互いに関所を挟んで遂に戦いの幕を開ける。

どちらも所有していない関所を攻略する場合、もう少しで関所が落ちる、というタイミングで反対側から攻撃を仕掛けることでラストアタックをかっさらうことが可能だ。

今回の場合、規模で劣る幽州側は、ラストアタックを狙いに行ったようであったが、そこはロシアンルーレットのようなもので、運は王子に味方した。

 

そして王子同盟は関所を無事に攻略し、幽州へ一歩踏み込んだのであった。

そして物語は冒頭へ戻るのである。

 

冀州を統べる同盟、その部隊練度は流石の一言に尽き、次々と幽州勢の要塞は破壊されてゆく。

幽州側も負けずに応戦しながら、なんと合流のために攻略予定だったレベル3の城を先に攻略してしまったのだ。

 

これは面倒なことになったーーーーー自然と眉根が寄るのを感じる。

城を攻略する場合、既にどこかが所有しているかどうかは、難易度を測る上で大きな要素となる。

通常、城の攻略に用いられる部隊は殲滅用と攻城用の2種類であり、守軍を殲滅したあとに投入する攻城部隊は攻城値こそ高いものの、武力という面においては、さほど高くない場合が多い。

守る側としては、殲滅戦が終わり、攻城部隊が出てきたタイミングを見計らって強い部隊で防守を掛ければ、面白いように攻城部隊が倒されてゆくのだ。

 

そして、時間を稼ぐだけで城の守軍は復活し、また殲滅からやり直す羽目になってしまうのである。

が、今回は城のレベルが3であり、王子軍も強力であることから、幽州側にとって多少の時間稼ぎにはなるものの、最終的には取られてしまうであろう事が予想された。

 

半ば達成された今回の合流劇であるが、幽州の住民に迷惑をかけたことについては否めないものの、最大の目的である姫の移籍そのものは近く遂げられるであろうと、ようやく肩の荷を下ろす心持ちであった。

 

そんな時、全体チャットでは新たな動きが見られた。

 

「全チャ失礼します。我々青州は、冀州に対して宣戦布告を致します。お手合わせよろしくお願いします」

 

やられた!

 

冀州が幽州と戦っている背後から、青州が襲いかかってきたのだ。

幽州との戦いを見ていたのか、それとも幽州が青州に働きかけたのかは分からないが、青州にとってはまたとないチャンスである。

図らずも王子は、幽州と青州の両方を同時に相手することとなり、苦しい立場に立たされることとなった。

 

「だいじょぶかなー」

 

姫も流石に事態の深刻さを実感したようで、不安げな手紙を寄越してくる。

 

「王子は強いから、大丈夫だろ」

 

もはや、そんな確証も無い言葉で励ますしか出来ない自分が不甲斐なく、自分が動いた場合は中規模同盟も幽州側として動く、と前もって釘を刺されていただけに、ただ戦況を見ていることしか許されない。

青州を相手に戦闘を始めた冀州であったが、その分幽州側が手薄となる。

幽州はこれ幸いと、関所を取り返してしまった。

 

冀州の両端から別々の勢力に攻められ、あれほど強さを見せつけていた冀州はたちまち苦境に追いやられ、最終的には敗北宣言をすることとなった。

今までの強引なやり方から、停戦条件はかなり厳しいものになることが予想された。

 

同盟チャットで、あわわ、あわわと慌てふためく姫を見て、思わず呟いた。

 

「...これが、傾国か」

 

最終的に、王子同盟は解散だけは免れたものの、既に洛陽争奪戦に絡むことは不可能となってしまった。

そして姫は、というと、最終手段として冀州への流浪を選んだ。

自分の城の施設やそれまで幽州で取った領地などが全て失われてしまうこととなったのだ。

 

なんとか避けたかった結果だったが、自らの力不足が原因であるため、受け入れるしかない。

 

「たいちょー、いっぱい、ありがとうね」

 

そんな言葉を残して同盟を去った彼女は全てを失って、そしてまた新しい仲間と全てを始めるのだろう。

そんな姫のこれからの大三国志が、楽しいものでありますようにと祈りながら、自分も盟主を辞し、折しもスタートしたばかりである新しいサーバーの開始ボタンをまっさらな気持ちで押したのであった。

 

爆倉もひと段落した頃、全体チャットで発言した際、一通の手紙が届くことになる。

このサーバーには知り合いもいないし、運営からのお知らせかなとも思ったが、開いてみると頭の緩そうな文面が見えた。

 

「たいちょーもいたんだねー!」

 

...なんでいるの?

 

王子んとこ合流したんじゃなかったのか。

ようやく念願叶って楽しくやってんじゃなかったの?

 

「合流出来たから、よかったねー、って。王子の同盟のみんなともお話できたよ!」

 

ああ、そうか。

じゃあ、上手くやってるんだな、良かったよ。

複数のサーバーでプレイする人は多いから、メインは向こうでこっちは暇つぶしかな?

 

「満足したから辞めてきたよー」

 

その一言を見た時の衝撃は未だ忘れられず、心の底から無意識に呟きが漏れたのだった。

 

「こわ」