主公の皆様、こんにちは!立秋とは申しながらも、暑さはまだ続いております。盛りだくさんの夏期イベントは今も開催中です。今回は馬超活画【怒馬迸流】のイベント予告となります。詳細は以下のとおりです。
8月9日のメンテナンス終了後、イベント「霜矛飛電を驚かす、威名西州に重からん」が開催されます。イベント期間中、イベント画面から馬超の人物志動画を視聴できるほか、馬超活画【怒馬迸流】イベントもご確認いただけます。イベント詳細は以下となります。
【怒馬迸流-馬超活画イベント】
- イベント期間:
2023/8/9 11:00~2023/9/9 24:00
- イベント紹介:
· イベント期間中、武将画像【怒馬迸流】が期間限定で販売され、【★5·群·馬超】の画像変更に使用できます。
· 購入後、専属のアイコン枠付きのアイコンを獲得でき、かつログインテーマをアンロックできます。
· 画像は2880玉符で購入する必要があり、購入後、永久に所有することができます。
· 画像の獲得時に【★5·群·馬超】武将を所有していない場合、その武将を獲得した直後に画像が開放されます。
何事ぞ霜天にて月は空に満ち、人生は長への恨みにて水は長へに東す。
成敗は天にて定める所に豈に由らんや、水窮まりて雲起り春風を候つ。
馬超、字は孟起。扶風郡茂陵県出身。馬騰の長子。後漢末期、父に従って挙兵し、若いながらも名を轟かせた。建安7年(202年)、鍾繇の要請を受け、郭援・高幹を討伐することで功績を立てたため、徐州刺史となる。建安13年、曹操はその父を衛尉に任命して入朝させ、馬超は偏将軍となり、父の軍勢を引き継いだ。建安16年、曹操は司隷校尉・鍾繇を張魯の討伐に派遣し、関中へ攻め寄せる。馬超や韓遂らは自分達が攻められると疑心暗鬼になり、曹操と潼関で戦いを繰り広げたが、離間の策により敗北を喫し、隴上へ撤退する。建安18年、楊阜らに追われていた馬超は漢中の張魯を頼って落ち延びていったが、張魯が頼りにならないと分かると、翌年劉備に帰順した。そのとき、劉備は益州を攻めており、馬超の兵隊が城の前に着くと、劉璋はすぐに降伏した。蜀漢建国の際、馬超は劉備により平西将軍に任命され、後に驃騎将軍・涼州牧となり、斄郷侯と封じられる。馬超が亡くなった後、威侯の諡号を送られた。
上記の内容については、ゲーム内に実装された更新内容を基準としてください。
今後とも『率土之濱』をよろしくお願いいたします!
溥天の下、王土に非ざるは莫く。率土の濱、王臣に非ざるは莫し。
百家に縦横し、時代を満喫しよう!
『率土之濱』運営チーム