
【志】若いときは勉学に励み、たくさんの本を読んだ。20歳の時、科挙を拒み出仕せず、有名な学者王朗らと政治を語り、陳琳から高く評価された。東漢末期、張昭は戦乱を避けようと揚州に転居した。孫策が軍勢を挙げる際に、張昭は長史、撫軍中郎将を務めた。孫策は張昭を厚く信頼し、政治軍事に関わらずあらゆることを張昭に任せた。 孫策は死に際に孫権を張昭に託した。張昭は力を尽くして孫権を補佐し、民と軍隊の平穏を素早く取り戻した。 張昭は反対意見を率直に伝える性格で、一時は孫権の意に背いたため、謁見することが許されなかった。孫権が皇帝を自称した後、張昭は年齢と病を理由に引退し、『春秋左氏伝』の解説と『論語』の注を執筆した。嘉禾4年に、張昭は死去した。孫権は喪服を身に纏い哀悼し、文侯の号を張昭に贈った。 【演】『三国演義』では、張昭は勉学と読書を好んだ。当時の著名な人物で、江東の地で戦乱から身を守ろうとした。孫策が江東で勢力を挙げたとき、張昭を長史として登用し、かつての名臣管仲のように扱った。孫策が死に際に、孫権を張昭、周瑜に託して、「内政を子布(張昭)、軍事は公瑾(周瑜)に任せよ」との遺言を残した。張昭の性格は厳しく、孫権に対してしばしば反対意見を率直に述べた。赤壁の戦いの際に、張昭は降伏を主張し、孫権を深く失望させた。孫権が帝位についたあと、張昭は婁侯に封じられ、数年後に病死した。
| COST: 3 | 兵種: 弓 | 攻撃距離: 3 |
| 攻撃: 35 | 攻城: 10 |
| 防御: 96 | 速度: 65 |
| 知略: 99 |
| 初期 戦法 |
竭忠尽智: 自身及び味方で攻撃の最も低い武将が次回行動時に臆病状態になる代わりに、自軍複数が受ける物理系攻撃ダメージが20.0%減少(知略の影響を受ける)。効果は1回スタック可能。2ターン持続。さらに自軍複数が次の2回の策略系攻撃で与えるダメージが30.0%上昇(知略の影響を受ける)。 |
| 分析可 能戦法 |
颯沓如星: 自軍複数の騎兵の通常攻撃による物理系攻撃ダメージが36.0%上昇(知略の影響を受ける)。2ターン持続。さらに対象は次の2回の通常攻撃が分兵状態になる(ダメージ率45.0%)。 |